刺身盛り合わせと外科医③

ブログ調査

 ちょっとばかしアンケートをとってみたところ、結構みなさんコレ読んでいるそうです(笑)。まあ、見てくれてるんでしたら、こちらも書きがいがあります(笑)。

刺身盛

 以前、マントの話を書きましたが(→こちらトンマ洋品店 - ザ★神田川風呂、先日もとんでもない商品の作業指示がまわってきました。ささしまにとある居酒屋があるのですが、○○○○笹島店と書かなければいけないところ、殴り書きで「ささし」と書いてありました。社長の字でした。最後の最後で間違えてしまいましたね。勢い余ったのか、よほど刺身のことを考えていたのか


 では、難波ちゃんのつづきです。

「外科医・難波」1-③


 難波は正直、突然のことで頭がいっぱいだった。勤務初日にこの病院での初めてのオペをすることになるとは思ってもいなかったということもあるが、難波は心臓が専門ではなかった。自分にこのオペを無事に終えられる力があるだろうか。だが、今は迷っている場合ではない。難波はオペ室へ急いだ。
 途中、曇り硝子から明かりがもれ、かすかにテレビの音らしきものが聞こえてきた部屋を通り過ぎた。こんな夜中にいったい、と難波は気になったが、確かめている時間も余裕もなかった。そのドアの向こうに今夜の救世主が潜んでいることなど、当然その時は知らずに。


 難波が準備を終え、オペ室の自動ドアの前に立つと、開いたドアの向こうに一人のナースの姿があった。こちらを振り返り微笑んでいる。
「お待ちしておりました、難波先生」
難波にとっては初顔であった。やや戸惑い気味の難波に気付いたのか、彼女は再び口を開いた。
「自己紹介がまだでしたわね。わたくし、この病院で外科の看護婦長を務めさせていただいております伊藤多重と申します。以後、お見知りおきを」
「あ、そうでしたか。こちらこそよろしくお願いします」
「本当は今朝ご挨拶しなければならなかったんでしょうが、わたくしも婦長ということでいろいろと忙しいもので。申し訳ございません」
 婦長ならば当然真っ先に紹介を受けるものなのにおかしいな、と難波は思ったが、敢えて何も問わなかった。その代わりに口から出た言葉がこれだった。
「それにしても、多重とは珍しいお名前ですね」
 難波は自分でもなぜこんなことを聞いたのかわからなかった。もしかすると、この病院での初オペが不安で、自分の中のもう一人の自分が、オペを先に先に延ばそうと時間を稼ごうとしていたのかもしれない。目の前にはとても危険な状態の患者が横たわっているというのに。
「珍しいです? そうかしら。わたくしも以前はそんなに気に入ってませんでしたけど、モーグル里谷多英選手がオリンピックでメダルを獲ってくれたので、今は光栄で仕方ありません*1
「ああ、そういえば彼女も『タエ』でしたねぇ。そうですか。実は私もかの有名な漫才師の方とおなじ名前なんで、結構嬉しいんですよ」
「確かお名前は・・・」
「やすしです」
「ああ、それは光栄ですね。あの方は素晴らしい才能をお持ちです」
「ですよねぇ。もうこの世にいないと思うと、とても残念で」
「え? あの方、お亡くなりになったんですか? それは知りませんでした。いつのことです?」
 このあたりから難波はどうも話がおかしいなと感じていた。微妙にずれている気がしてならなかった。そんな思いを遮るかのように、難波の耳に多重の声が響いた。
「あら。でも、あの方、漫才師だったかしら…」
ほら来た、と難波は思った。やはりお互い思い描いている人物が違うようだ。難波はそっと切り出してみた。
「あの、いったいどなたのことをお話になってるんです? 当然、横山やすしさんですよね」
「はい? どなた?」
「ですから、横山やすし
「そんな方、存じ上げませんわ。やすしといえば小野やすしでしょう」
「・・・・・・・・・・・・」


 電話の呼び鈴が鳴っている。今時には珍しいジリジリ鳴るタイプだ。男は、半分眠りの中に身を置きながら、おぼつかない手つきで受話器を取った。
「・・・はい、脇谷ですが」


「婦長、それよりクランケの様子は」
「今、麻酔で眠ったところです。意識があるうちは『私の責任で・・・私の責任で・・・*2』とうわごとをおっしゃられていたのですが」
 難波には何のことだかさっぱりだった。後で聞いた話によると、このクランケの口癖だそうだ。
「では・・・はじめましょうか」
「はい、本日の興行*3開始!」
 難波は手渡されたメスを見つめ、俺にできるのかと問いかけた。メスはただ、反射する鋭い光を返してくれるだけだった。


(つづく)

*1:本人談。

*2:久田の伝説的名台詞。食堂の扇風機を自らの責任で動かしたという逸話。

*3:文化祭時、廊下で出くわした多重に「本日の興行は終了したの?」と聞かれたことから。