バド祭りと外科医⑤

カツライス

 タクシーに乗ったら、運転手に威勢良く「さっ!今日は中日勝ちますかねぇ〜!」と言われました。よく聞くとラジオからナイターが。全く興味がありません。愛想笑いでごまかしておきました。それ以上話してきたら、きっちり興味がないことを突きつけてあげようかと思ったのですが、相手もそこでとどまりました。察したんでしょうか(笑)。まったく、世の男は野球が好きでしょうがないというのは常識なのでしょうかね。そんなもの押し付けられても、困りますから。

びまつり

 さて、今日は名駅にあるビアガーデン「バドワイザーカーニバル」に会社の飲み会で行って来ました。とっても行きたくなかったのですが仕方ありません。だって、「暑いのに屋外」「好きでもないビール」「無駄な時間」「くだらない連中」と、まあ取り揃えられてるわけですから。意外に涼しくて、風があるとちょっと肌寒いくらいの陽気だったので、その点は解消されましたが。ただ、いったいここのどこがカーニバルなのかは、最初から最後まで理解できませんで。


 4000円で飲み放題のコースだったらしいのですが、ビール以外はろくでもないカクテルやチュウハイしかなくてガッカリ。バカどもはビールをグビグビ飲んでましたので私のことなど構いはしませんが。料理も料理で、自分で選べるわけじゃなし。旨からず不味からずといった料理が、コースで出てきてしまいます。まわりは「うまい!うまい!」と食べてましたが、明らかにビール酔いのせいと、舌が鍛えられていないせいと、バドガールに見移りして鼻の下が伸びているせいです。私の舌にかかったら、こんなものケチョンケチョンですもの。だって、デザートなんて、缶詰のフルーツポンチですよ。ありえない。先日の観光ホテルが天国に思えます。


 特設ミニステージでは、外人女性のライブが繰り広げられておりました。大黒摩季似の歌声。ライブの合間には、脇のテーブルで飲んだくれ、各テーブルをまわって自作のカバーCDを1枚1000円で売り歩き、時間が来ると歌。ビートルズヘイジュードを歌い出し、「ラ〜ラ〜ラ〜、ラ〜ララッラ〜、ラ〜ララッラ〜、ヘイ〜ジュ〜」と陽気に歌うので、一歩間違えば、大黒さんがら・ら・らを歌っているかのようでした(笑)。

外科医・難波 1-⑤

「クランケはコレですか? やれるダケやってみましょう」
 駆けつけたドクター・コダマによって、オペが再開された。
「メス、move*1!」
「えっ、むー*2? は、はい」
 突然の英語混じりの言葉に山岡は気が動転してしまい、メスではなくカンシを渡してしまった。
「ソレ、メス違いまーす。あなた、間違えマシた」
そう言って、コダマはおもむろに腕立て伏せを始めた*3。その場の誰もが、いったいどういうことなのか理解できなかった。すごい速さで腕立て伏せ五回を済ませたコダマは、オペ室を一旦出て、手の消毒からやり直していた。
「今度は間違えないでクダサイよ」
「はい、すみませんでした。英語慣れないもので」
苦笑いを浮かべた山岡に向けて、またもコダマの台詞が飛び出した。
「汗、move!」
「えっ、むー? は、はい」
 山岡はまたも動揺し、汗は汗でも、自分の汗を拭きだした。コダマの目がきらりと光った。
「マタ、間違えましたね」
 そう言うと、コダマはまた腕立て伏せに突入した。しかも今度は片手で。
「アナタ、間違える。ワタシ、腕立て。アナタ、責任感ジル。ワタシ、オモイツボ」
「重い壷?」
山岡の戸惑いが最高潮に達していることに気付いた難波は、二人のやりとりに口を挟んだ。
「ドクター・コダマ、それを言うなら、思うツボでは」
「あ、そうそう。オ・モ・ウ・ツボね」
 このことの意味をやっと理解した山岡は、凛とした面持ちでコダマに言った。
「もう、私、間違えませんから」
「オッケーです。ハジメましょう。メス、move!」


 コダマはメスを持った途端、顔つきが変わり、それからはあっという間だった。
「ハイ、終わりマシた。relax*4
「もう完了ですか?」
 あまりの早さに難波は目を疑った。が、終始見ていた難波は、オペが完璧だったことくらいわかっている。山岡も当然驚いている。
「すごーい。こんな難しいオペをあっさりとこなしてしまうなんて。サスガ、アメリカデスね。ヒントっ!」
 山岡はすっかりコダマのとりこになっていた。その証拠に、コダマのしゃべり方がうつってしまっていた。


 難波はロビーでうなだれていた。煙草を吸う気にもなれなかった。山岡が、難波にコーヒーを渡して言った。
「難波先生、お疲れ様でした」
「いや、私は何一つしてやれなかった。礼なら私じゃなくドクター・コダマに言ってやれ」
「あ、そっちはもう充分言いましたから。もう帰っちゃいましたし」
 なんだ、俺はおこぼれか、と多少腹は立ったが、実際そうなんだから仕方がない。なぜか笑えてきた。そして二人で笑った。笑い声は次第に大きくなり、もう何がおかしいのかわからないのに、とにかく笑った。
「ああ、そういえば山岡ナース、ご家族に連絡はついたんですか?」
「ええ、もう随分前に電話しておいたので、もうすぐだと思・・・・あ、来た来た」
そう言って山岡は駆け出した。


(つづく)

*1:コダマがマーチング指導時に用いる言葉。例:マークタイム move!

*2:コダマの「マークタイム move!」を聞いた際には、実際に「マークタイ、ムー」と、マークタイムを伸ばして言っているだけだと勘違いした生徒が大勢いた。

*3:実話。マーチング練習時、間違えた生徒がいると腕立て伏せを強要し、自らも参加。

*4:リラックス。マーチング練習終了時や休憩時にコダマが発する言葉。